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第20回 沢田知可子さん

第20回 沢田知可子さん

住  吉
住吉美紀がお届けしています、TOKYO FM「Blue Ocean」。今日の「Blue Ocean Professional supported by 協会けんぽ 健康サポート」のゲストは、沢田知可子さんです。
沢  田
おはようございます。
住  吉
今年デビュー30周年だそうですね。おめでとうございます。
沢  田
ありがとうございます。
住  吉
改めてご紹介させていただきますと…1987年に『恋人と呼ばせて』でデビューされています。1991年に『会いたい』が大ヒット。『会いたい』はその後「21世紀に残したい泣ける名曲」の1位にも選ばれています。今年デビュー30周年で、記念アルバム『こころ唄 ~BEST & COVER 30~』をリリースしたばかりです。『会いたい』は、デビューから4年目…?
沢  田
デビューして3年目でした。4枚目のアルバムで、「これが売れなかったら終わり」というラストチャンス、崖っぷちのような状態でした。
住  吉
有線放送から火がついたと?
沢  田
そうなんです。当時、有線放送でかけてくださって、問い合わせがどんどん来るようになって、それがリクエストに繋がって、いつしか“コンビニで足が止まる歌”と言われるぐらいになりました。週間チャートで1位になったことはないんですが、1年半かけて、じわりじわりとチャートが上がっていって、発売した翌年の91年12月には年間チャートで1位になっていました。おかげさまでこの曲で紅白歌合戦に出て、やっと『会いたい』と沢田知可子の顔が一致して、そこから売れましたね。なので、足掛け3年以上ずっと『会いたい』と関わって、大きな壁になったこともあったし、でも気がつくと色んなことで『会いたい』に救われて、『会いたい』が「21世紀に残したい泣ける名曲」ということで1位を取らせていただいたり、いつもご褒美をくれるんですよね。
住  吉
もういない人に会いたいという、とても切ない曲が、沢田さんのキャリアや人生をも応援してくれるというのは、不思議なものだなと思いますね。
沢  田
そうですね。私にとっての大きなヒット曲が、鎮魂歌に変わる瞬間があって。最初は2004年に起きた新潟県中越地震の慰問からスタートしたんですが、震災で怖い目に遭った人たちが、同じ体験ではないけれども、悲しい歌を聴いて泣けるんですよね。恐怖体験があったからこそ、共鳴できる。これが「明日から頑張ろう」とすっきりさせられる、悲しみを受け止める時間ができたということで、次に一歩進められるんですよね。私はそこで初めて『会いたい』が“セラピー”に変わったと思いました。
住  吉
今回のアルバムはもちろん『会いたい』も収録されていまして、『こころ唄 ~BEST & COVER 30~』ということで30曲収録した2枚組です。オリジナル曲も名曲のカバーもあります。
沢  田
“BEST & COVER 30”と言いながら、新曲を7曲も入れていまして、さらにカバーが10曲、そして今まで30年の中でご縁があった13曲のバラードたちを選んで、30曲集めました。
住  吉
『会いたい』の作詞を手掛けられた沢ちひろさんの未発表曲『冬のほたる』も収録されていると。
沢  田
はい。沢ちひろさんは昨年病気で亡くなられまして、それを私は今年知ったのですが、8年前に作った『冬のほたる』を、ご遺族の方が「これをぜひ世の中に出してあげてほしい、それが沢ちひろが一番喜ぶことだよ」と言ってくれて。本当に勇気をいただきました。