収録スタジオ訪問

ラジオ収録後の単独インタビュー:稲垣幸司 先生

稲垣幸司 先生(愛知学院大学 短期大学部歯科衛生学科 教授 同大学 歯学部歯周病学講座 准教授)

 WEBサイト「協会けんぽ 健康サポート」の健康サポート特集「歯の健康」のコーナーで、口腔ケアに関する記事を毎月ご監修いただいている稲垣幸司先生が、ラジオ番組のゲストとして出演されました。収録スタジオを訪ね、口腔ケアの中でも、特に力を入れていらっしゃるテーマを中心に、お話を伺いました。

インタビュー/Webサイト編集部(インタビュー日:2013年5月27日)

ゲストへのインタビュー
――― ラジオ番組にご出演いただき、感想はいかがですか?
稲垣 あっという間に終わった感じです。赤江さんの聞き方が上手なので、自然にお話ができました。
――― 口腔内トラブルには、虫歯(う蝕)、歯周病、歯並び、口臭、細菌感染などがありますが、稲垣先生が最も注目されているトラブルは何ですか?
稲垣 歯周病ですね。歯周病は歯を喪失する大きな原因で、国民の約80%が歯周病に罹患し、さらに、さまざまな研究からメタボリックシンドローム(肥満、高血糖、高血圧、脂質代謝異常)や、糖尿病、脳血管疾患、心疾患、腎炎、関節炎、骨粗しょう症、誤嚥性肺炎など、全身の健康にかかわっていることがわかっています。ですから、歯周病の予防・治療は、お口の健康はもとより、からだの健康にとっても非常に重要なのです。

たとえば糖尿病との関係では、糖尿病の人にとって合併症の1つが歯周病であり、糖尿病の人が歯周病を治療することで、HbA1c(ヘモグロビンA1c)の数値が改善され、糖尿病の悪化を防ぐことがわかっています。逆に糖尿病が改善されると、治りにくかった歯周病が治りやすくなる可能性をもつことも判明してきました。
――― ということは、患者さんの糖尿病の状態を把握しながら、歯周病の治療をなさっているのですね。
稲垣 はい。糖尿病を併発している歯周病の患者さんの場合は、内科の主治医と連携を図って歯周病治療を行っています。患者さんの血糖コントロールについての情報、歯周病の状態についての情報などを相互に交換し、その患者さんに最も適した歯周病治療と糖尿病治療を目指し、病態の推移を把握していきます。
――― どの歯医者さんでも、そのような連携をなさっているのですか。
稲垣 連携の姿勢は、おおむね都道府県によって異なります。地元の医師会と歯科医師会の連携、日本糖尿病学会と日本歯科医師会との連携などがうまくいっている都道府県は、医療連携がスムースです。学会同士の連携は5年前にスタートし、連携と治療成績の関連データを集めています。現在、大規模な日本人の5年間の蓄積データの解析を行っている最中です。結果を見るのが楽しみです。
――― 信頼できるかかりつけの歯医者さんを見つけるのは、難しいという人が多いですね。どうやって見つけたらよいのでしょうか。
稲垣 友人や知人からの口コミ情報で、歯医者さんを選ぶ人は多いと思います。そうった情報がない場合は、 歯周病の認定医や専門医を受診するといいでしょう。歯周病専門医はまだ少ないのですが、全国に約9,000人います。歯周組織をちゃんと理解している歯科医なので、歯周病治療はもちろん、虫歯(う蝕)治療も含め、口腔のケアと治療の全般にわたり、適切な治療や口腔ケア指導をしてくれると思います。
大学病院だけでなく、歯科医院にもいます。日本歯周病学会のホームページに、日本歯周病学会の認定医と歯周病専門医の一覧が掲載されていますので、参考になさるといいでしょう。

【日本歯周病学会 認定医・歯周病専門医名簿一覧】

*歯周組織……歯周組織とは、歯肉、歯槽骨、歯根膜、セメント質の総称です。
――― 稲垣先生は、禁煙の啓発活動も積極的に行っていらっしゃいますね。喫煙が、がんをはじめ多くの病気のリスク要因であることは知られていますが、歯科分野から関心をもたれたのはなぜでしょうか。
稲垣 関心を持ったのは10年ちょっと前です。以前は、喫煙と歯科との関連では、「タバコのヤニで歯が黄ばむ」程度しか認識していませんでした。しかし、ボストン大学に留学した際に、「タバコ会社の策略から子どもたちを守る」ための研究に加わり、受動喫煙により子どもや胎児に及ぼす影響として、気管支喘息などの呼吸器疾患、中耳疾患、乳幼児突然死症候群などのリスクを高めることや、心身の発育・発達に影響すること、歯科では、子どもの虫歯(う蝕)や歯肉のメラニン色素沈着のリスクが高くなることなどを知りました。
成人でも喫煙の害がさまざま病気や障害にかかわっていますし、歯周病のリスク因子でもあります。歯科医師や歯科衛生士が、口腔治療や口腔ケアの一環として、禁煙支援をする意義は大きいです。
また、喫煙者だけでなく、受動喫煙や三次喫煙による歯肉のメラニン色素沈着は、他の臓器や疾患に及ぼす影響とは異なり、歯科医師、歯科衛生士と患者にとって、お互いに、発見しやすい、見やすい部位にあるという点が特徴です。

*三次喫煙……サードハンドスモーク("third-hand" smoke):残留タバコ成分による健康被害のことで、タバコ煙が消失した後にも残るタバコ煙による汚染、さらに、タバコ煙の残存物質が室内などの化学物質と反応して揮発する発がん性物質による害を含みます。すなわち、タバコ煙に含まれる物質が、喫煙者の髪の毛、衣類、部屋(車内)のカーテン、ソファなどに付着し揮発したものが汚染源となり、第三者がタバコの有害物質に暴露されます。したがって、換気扇を使用したり、窓を開けて換気を行っても、三次喫煙のリスクを排除できません。タバコ煙から排出されるニコチンや他の有害物質のほとんどは空気中ではなく物の表面について揮発するためです。三次喫煙は、2009年(Winickoff,et al)に報告された概念ですが、最近では、三次喫煙により、DNAにダメージを与える可能性のあることが、研究によって明らかになってきました(Hang, et al, 2013)。
――― 最近注目されている「インプラント義歯」について、知りたいのですが。
稲垣 インプラント義歯は、抜けた歯を補うために人工の歯根をあご(顎)の骨の中に埋め込み、その上に人工の歯を取りつける方法ですが、私としてはお勧めできません。歯周組織には歯根膜やセメント質がありますが、それらのない人工物が歯槽骨の中に入っているだけなので、体は異物として排除しようとします。また、クッション役の歯根膜がないので噛む衝撃が強すぎて、しっかり噛めなくなってしまいます。噛むことが脳を刺激して、認知症予防に有効と言われています。それは歯根膜に受容体があって噛む刺激が三叉神経に伝わり、さらに脳の神経に伝わり、脳を刺激して認知症予防に効果があるのです。歯根膜のない人工の歯では、その効果は期待できません。
また、インプラント材料もどんどん変わっているなど開発途上段階です。それに、インプラント義歯が原因で「インプラント周囲炎」も生じやすくなります。これは自然の歯で生じた歯周病とは異なり、生体防御機能が脆弱なので進行が早く、通常の歯周病と同じ治療法では治りません。まだ、適切な治療法がないのです。ですから、歯が抜けた場合は、まず、ブリッジや部分入れ歯などで対応したほうがいいと思います。
――― 口腔ケアが全身の健康にかかわっているということは、「健康長寿は、口腔の健康から」と言っても過言ではなさそうですね。
稲垣 そうですね。80歳になっても20本以上自分の歯を保とうと、厚生労働省や日本歯科医師会が推奨している「8020運動(ハチマルニイマル運動)」が始まった1989年当時、その実績は約4%でした。現在は、約38%までになりました。歯磨きをはじめ、口腔ケアの啓発運動が広まったおかげだと思います。
――― 歯磨きという基本的なケアが大切なのですね。
稲垣 ただ、以前に比べて虫歯(う蝕)の多い人は減っていますが、歯周病のある人は減っていません。一般的には、20歳代の約70%は歯肉炎になっていて、それを放置していると徐々に進行して30歳代、40歳代で歯周炎になっていきます。早い人では、10歳代から歯周病になっている人もいます。
口腔ケアで重要なのは、歯ブラシを使った歯磨き以上に、デンタルフロスや歯間ブラシを使って歯と歯の間のプラークをしっかり取り除くことです。ただ、デンタルフロスや歯間ブラシは自己流で使うと歯肉を傷つけてしまいますし、肝心のプラークが取りきれません。最初は、歯科医師や歯科衛生士に正しい清掃方法を指導してもらい、練習しましょう。
現在私は、歯間ブラシが適切に使われているかを歯科医師や歯科衛生士がチェックできる「歯間ブラシ技術評価票」を試作中です。誰がチェックしても正しく評価できれば、プラークコントロール指導も、より的確になります。
――― 評価票が完成して全国に普及すれば、歯周病の予防や治療の効果がさらに上がりますね。今日はどうもありがとうございました。