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保健事業の案内文、“刺さらない”伝え方していませんか?

保健事業の案内文、“刺さらない”伝え方していませんか?

保健事業担当者や事務担当者、あるいは事業主の皆さんは、健診・検診受診や保健指導の案内、健康教室の告知、健康情報などを、メールやチラシ、ポスター、ウェブサイトなどで日々発信していることでしょう。しかし、何度伝えても必要な人に受診してもらえない、保健指導に取り組んでもらえない、といった悩みを抱えていませんか? 対象者をやる気にさせる、伝え方の「原則」を学びましょう。

行動変容を促すにはコツがある

あなたが最近目にしたチラシやメ-ルマガジンなどで、「買ってみようかな」「問い合わせてみようかな」と思ったものはどのようなものだったでしょうか。まず、興味のない商品やサービスなら読まずに捨ててしまうでしょうし、読んでも理解できなかったら「いらない」と感じるでしょう。また、ちょっといいかなと思っても、行動にはなかなか結びつきません。このように、人の行動変容を促すコミュニケーションには、次の4つのハードルがあります。

「興味」:相手の興味を引く
「理解」:相手がこちらのメッセージの内容やその重要性を理解する
「変化」:相手の考え方が変化する
「記憶」:メッセージと変化が記憶される

さらに、人の頭の中には刺激に対して瞬時に反応する「動物的な心」と、その動物的な反応を吟味して、より適切な判断や行動をめざす「分析的な心」があります。この2つは常にせめぎ合っていますが、人の判断や行動に与える影響が大きいのは前者の「動物的な心」だと言われています。

行動変容を促すには、4つのハードルをクリアし、「動物的な心」に訴えかける伝え方が必要になります。

「原則」を取り入れた案内文で、受診率が大幅アップ!

そこで、当コーナーでは、「人の興味を引き、わかりやすく伝え、考え方を変化させ、記憶に刻みつけ、行動をとってもらう」伝え方の原則を紹介します。

行動変容を促すための理論としては、厚生労働省の受診率向上施策(参考用外部リンク参照)にも取り入れられた行動経済学の「ナッジ理論」が有名ですが、当コーナーで紹介する原則は、行動経済学をはじめ社会心理学や教育心理学、公衆衛生学などさまざまな知見をもとに整理したもので、実際に効果があることも実証されています。

ある健康保険組合では、4月に広報誌を通じて婦人科検診の受診案内をしていましたが、受診率はあまりふるいませんでした。そこで、9月時点で未受診だった人をランダムに2つのグループに分け、グループAの人には例年と同じ案内文書を、グループBの人には、上記の伝え方の「原則」を踏まえてブラッシュアップした案内文書を送りました。すると、グループAの受診率は14%だったのに対し、グループBの受診率は29%と、ブラッシュアップした案内文書によって受診率が大幅にアップしていたのです。

*Okuhara, Tsuyoshi et al. “Processing fluency effect of a leaflet for breast and cervical cancer screening: a randomized controlled study in Japan.” Psychology, health & medicine vol. 23,10 (2018): 1250-1260.

「やってはいけない9原則」でNGポイントを見つけよう

皆さんも、今使っている案内文書や広報物をブラッシュアップするため、まずは以下の「やってはいけない9原則」をやっていないか、チェックしてみましょう。この9原則に当てはまっていればいるほど、残念ながら興味を引きにくく、わかりにくく、説得力がなく、行動変容に結びつかないということです。少々強引ですが、頭文字をとって「いい小尻ッ、自己チュー」の原則として覚えましょう。 実際にどのように変えたらいいのかは、次回以降当コーナーで紹介していきます。

【やってはいけない!9原則】出典:『実践 行動変容のためのヘルスコミュニケーション-人を動かす10原則』
言うまでもないことを言う ⇒驚きを与えて興味を引きましょう。
「健康は大切です!」などとわかりきったことを力説するだけでは、興味をもってもらえません。
一方的に伝える ⇒クイズを使うなど、双方向のコミュニケーションを意識しましょう。
一方的な伝達は受け手を退屈させるだけでなく、反発を招くこともあります。
根拠を示さない ⇒数字やストーリーを使い、根拠を示しましょう。
受け手を説得するには、根拠が必要です。
字だけで伝える ⇒視覚的・具体的に伝えましょう。
イメージしにくい専門用語や抽象的なメッセージだけでは伝わりません。
理性を信じる ⇒メリット・デメリットで感情に訴えましょう。
「頭ではわかっているけど、できない」のが問題なので、興味をもったり考えたりしてもらうといった、理性に訴えるだけのメッセージでは不十分です。
作り手の視点で作っている ⇒受け手の視点で作りましょう。
「日本では~」「自社の健康経営の状況は~」といった作り手の関心事を押し付けていませんか?
情報量が多い ⇒情報量を絞りましょう。
あれもこれもと欲張ると、読んでもらえないか、読んでもらえても相手の記憶に残りません。
行動をイメージできない ⇒シミュレーションしてもらいましょう。
行動が抽象的過ぎると、ハードルが高くなってしまいます。
チュー 中学生じゃわからない ⇒中学生にもわかるコミュニケーションを意識しましょう。
中学生がわかるレベルを心がけないと、一般の人は難解でついていけない内容になってしまいます。

奥原 剛 先生

監修者 奥原 剛 先生 (東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野 准教授)
東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻修了(公衆衛生学修士、MPH)。東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻(博士課程)中途退学。博士(保健学、東京大学)。大学病院医療情報ネットワークセンター副センター長。帝京大学大学院公衆衛生学研究科非常勤講師。
専門はヘルスコミュニケーション学。自治体、健康保険組合、医療機関等に対し、わかりやすく効率的な保健医療情報を作成するための研修、コンサルティングを提供している。著書に『実践 行動変容のためのヘルスコミュニケーション-人を動かす10原則』(大修館書店)がある。