がん検診、受ける気になってもらうには?
がん検診の受診勧奨で「日本人は2人に1人ががんにかかります」「早期発見が重要です」と伝えても、関心のない人には響きにくく、受診につながりにくいもの。リアリティのあるストーリーや体験談で感情に訴え、行動変容につなげましょう。
ストーリーなら、“自分ごと”としてリアルに受け止めやすい
以前、「やってはいけない9原則」のひとつとして「コ(根拠を示さない)」を挙げました。しかし、具体的な数字を入れて根拠を示していても、「男性10~15人に1人は生涯のうちに○○がんにかかると考えられ、きわめて発症頻度の高い病気です」のような理性に訴える文章だけでは、行動変容を促しにくいことがあります。
人は目先の損得で行動しがちなので、確率の数字を“自分ごと”としてリアルに受け止め、未来の病気のリスクを回避する行動をとってもらうことは難しいのです。では、次のような文章が加わるとどうでしょうか。
「Aさんは47歳のときに進行期の○○がんがみつかり、3人のお子さんと家のローンを抱えたまま、退職せざるを得ませんでした。」
Aさんというストーリーが加わることで、がんが身近でない人にも、具体的なイメージがわきます。これなら、理解しやすく、記憶に残りやすくなります。
近年、「ナラティブ(Narrative)」と呼ばれる、このような体験談などのストーリーを使った説得の研究と実践が盛んに行われています*1、*2。ストーリーには、次のような強みや特徴があります。
・受け取り手のリテラシーのレベルによらず、イメージしやすくわかりやすい
・感情に訴え、記憶に残りやすい
・説教くささがないため、心理的な抵抗を感じにくく*3、受け入れやすい
ストーリーは、イソップ物語の「北風と太陽」の、暖かな日差しで旅人自らにコートを脱がせた太陽のようなものといえるでしょう。
説得力のあるリアルな体験談を
「芸能人ががんを公表すると検診受診者が増える」「知人が病気になった話を耳にすると、自分や家族の健康が気になる」といったように、体験談の影響力は大きいものです。そこで、検診受診に興味のない対象者に行動変容を促すときも、病気を経験した人や行動した人の体験談を紹介すると効果的です。
ただし、「検診を受けて、とてもよかったです。みなさんもぜひ早めに行きましょう」といった抽象的で短い体験談では、あまり説得力がありません。リアリティが重要です。匿名や仮名より実名、イメージイラストより体験者本人などの写真、パソコンで打ち出された文字より手書きの文字、抽象的な内容より細部のある具体的な内容のほうが、真実味があり説得力が増します。例えば、次のような内容です。
・がんを経験した従業員の方から、がんが見つかってからの生活や治療経験の体験談と、定期的ながん検診の受診を勧めるメッセージ
・特定保健指導を受けてメタボリックシンドロームから脱却した被保険者の体験談(腹囲や体重の推移グラフつき)
・糖尿病治療中の事業所長の写真入りで、高血糖の方に早期治療をすすめるメッセージ
受け手の関心事に合わせると、なおよい
なお、体験談がよいといっても、受け手の年齢・性別・属性や立場などによって関心事は変わってきます。例えば、独身男性に「小さい3人のお子さんと家のローンを抱えたまま、退職せざるを……」という話をしても、興味をひくのは難しいでしょう。
受け手の根源的な欲求(評価されたい・競争に勝ちたい、人間関係をうまくやりたい、モテたい・結婚したい、子どもが自立するまで育て上げたいなど)を刺激するため、対象者に似た立場の人の体験談にするなど、工夫するとよいでしょう。
参考文献
- *1 Hinyard, L. J., & Kreuter, M. W. (2007). Using narrative communication as a tool for health behavior change: a conceptual, theoretical, and empirical overview. Health education & behavior, 34(5), 777-792.
- *2 Kreuter, M. W., Green, M. C., Cappella, J. N., et al. (2007). Narrative communication in cancer prevention and control: a framework to guide research and application. Annals of behavioral medicine, 33(3), 221-235.
- *3 Slater, M. D., & Rouner, D. (2002). Entertainment—education and elaboration likelihood: Understanding the processing of narrative persuasion. Communication theory, 12(2), 173-191.