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健康教室で学んだ内容を、着実に実践してもらうには?

健康教室で学んだ内容を、着実に実践してもらうには?

職場や健康保険組合などで健康教室を開催した際、あるいは保健指導の場で、当日は対象者の理解が得られたのに、結局は行動変容にうまくつながらなかった、という経験はありませんか。そういうときは、対象者が実際の行動をイメージできていないか、イメージはできてもハードルが高くて実践できていないのかもしれません。具体的な行動を考えてもらったり、「できる」と思える行動を提案したりしてみましょう。

行動を具体的に意図することで、その行動がよく記憶されて実行されやすい

健康教室を開催した際、その原因のひとつとして考えられるのが、「行動を具体的にイメージしにくい」ということ。「やってはいけない9原則」のもうひとつの「コ」にあたります。

例えば、対象者に運動を促すのに効果的な介入方法を検討した実験では、「心臓病のリスクを減らす」という行動の効果について読んでもらった群と、それに加えて「翌週、私は、少なくとも20分の積極的な運動を、[  ]日の[  ]時に[  ](場所)で行います」という文章の空欄を書いて埋めてもらう群で、2週間で運動した人の割合を比較しています。それによると、前者は35%しか行動につながらなかったのに対し、後者では91%もの人が運動を行っていました。*1

このように、「いつ、どこで、どのように○○をします」と行動を具体的に意図するほうが、ただ「○○します」と抽象的に意図するよりも行動がよく記憶され、実際に行動が行われやすくなります。これを「実行意図」といい、運動習慣だけでなく食習慣、がん検診受診など、さまざまな健康行動の研究で効果が確認されています。*2 *3

「いつ、どこで、どのように」行うかを、書いたり発表したりするとよい

この実行意図の効果を、健康教室や保健指導で応用してみましょう。例えば、いろいろな身体活動の消費エネルギー量や、さまざまな料理のメニューの摂取エネルギー量を、クイズ形式で対象者自身に考えてもらいます(第4回「スナック菓子の食べ過ぎや、甘い飲み物の飲み過ぎを減らしてもらうには?」参照)。

その後にそれらの知識を使って、次のように、「いつ、どこで、どのように」実行するかを自分で考えてシミュレーションしてもらいます。ただ考えてもらうだけよりも、書いたり発表したりと、考えたことを他者に伝えると、行動変容の可能性がさらに高まります。

【Before】
運動量を増やす
【After】
例1:いつ[毎日の通勤時]、どこで[駅で]、どのように[階段を使って]
例2:いつ[毎週末に]、どこで[自宅周辺を]、どのように[犬の散歩で1時間歩く]
【Before】
摂取エネルギー量を減らす
【After】
例1:いつどこで[外食するとき]、どのように[低エネルギー量の○○や△△を食べる]
例2:いつどこで[仕事中にジュースの代わりに]、どのように[無糖の炭酸水を飲む]

受け手が「できる感」を得られる、実践可能な行動であることが重要

ただし、実際にはできそうにないことをイメージしてもらっても、単なる空想で終わってしまいます。そのため、イメージしてもらう行動は、次の2つの条件を満たしていることが重要です。

・受け手にとって、その行動が現実的に実践可能である

・受け手がその行動を「できる」と感じられる

この「できる感」を、心理学では「セルフ・エフィカシー(Self-efficacy)」と呼び、行動要因として重視しています。行動をイメージした本人が、その行動を「実際にできる」と強く感じているほど、その行動が実行される可能性が高まるのです。

例えば、朝食を食べる習慣のない対象者に「朝、食欲がない人や野菜不足の人に、野菜たっぷり雑炊がおすすめです」とレシピを配布しても、「よし、明日からこの雑炊を作って食べよう」とは思わないでしょう。行動のハードルが高すぎて、実際にできるとは感じにくいのです。

このケースでは、「朝ごはん、つまむことから始めよう」とハードルを下げたテーマにして、「朝(いつ)、自宅や職場で(どこで)、休日に買い置きしたヨーグルトやバナナなどをつまみましょう(どのように)」といった提案をすると、行動変容につながりやすいでしょう。さらに、「つまむくせがついたら、次はおにぎりやパンなど主食をつまんでみよう」と、できそうなことからステップアップする提案を加えるのもおすすめです。

当コーナーでは、全6回にわたって、行動変容を促すコミュニケーションについて紹介してきました。ぜひ、チラシや案内文、保健指導、健康教室などに取り入れて、取り組みの効果をアップさせてください。

参考文献

  • *1 Milne, S., Orbell, S., & Sheeran, P. (2002). Combining motivational and volitional interventions to promote exercise participation: protection motivation theory and implementation intentions. British journal of health psychology, 7(Pt 2), 163–184.
  • *2 Armitage, C. J. (2004). Evidence that implementation intentions reduce dietary fat intake: A randomized trial. Health Psychology, 23(3), 319–323.
  • *3 Sheeran, P., & Orbell, S. (2000). Using implementation intentions to increase attendance for cervical cancer screening. Health Psychology, 19(3), 283–289.

奥原 剛 先生

監修者 奥原 剛 先生 (東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野 准教授)
東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻修了(公衆衛生学修士、MPH)。東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻(博士課程)中途退学。博士(保健学、東京大学)。大学病院医療情報ネットワークセンター副センター長。帝京大学大学院公衆衛生学研究科非常勤講師。
専門はヘルスコミュニケーション学。自治体、健康保険組合、医療機関等に対し、わかりやすく効率的な保健医療情報を作成するための研修、コンサルティングを提供している。著書に『実践 行動変容のためのヘルスコミュニケーション-人を動かす10原則』(大修館書店)がある。