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たばことがん

たばことがん

 たばこは肺がんをはじめとする多くのがんのリスクや、循環器疾患、脳血管疾患、呼吸器疾患、糖尿病などといったがん以外の病気のリスクも高めることがわかっています。それは喫煙者本人だけでなく、周りにいてたばこの煙を吸わされる受動喫煙者も同様です。がんや喫煙関連の病気を防ぐ最大の対策は、禁煙です。

たばこの煙に含まれる発がん促進物質が遺伝子を傷つける

 たばこ(喫煙)と関係が深いがんの代表は、肺がんです。日本人の肺がんによる死亡者のうち、たばこが原因であったのは男性70%、女性20%とする報告があります。
 一般に、喫煙期間が長く、1日の喫煙本数が多い人ほど、肺がんのリスクが高まります。「1日のたばこの本数×喫煙年数」の数値が600以上の場合は、肺がんのハイリスク群とされます。日本人男性では喫煙者が肺がんになるリスクは、非喫煙者の4~5倍で、喫煙と肺がんの関係の深さがわかります。

 肺がんのほか、喫煙関連がんとして、口腔がん、咽頭がん、口頭がん、食道がん、胃がん、大腸がん、膵臓がん、肝臓がん、腎臓がん、尿路がん(膀胱、腎盂、尿管)、骨髄性白血病、子宮頸がんなどが挙げられます。
 がん以外にも、心筋梗塞などの循環器疾患、脳梗塞などの脳血管疾患、COPD(慢性閉塞性肺疾患)やぜんそくなどの呼吸器疾患、糖尿病などのリスクも喫煙で高まることは確実で、多目的コホート研究(国立がん研究センターがん研究開発費による研究。2009年度までは厚生労働省がん研究補助金による研究)をはじめ、国内外の数々の研究でわかっています。

 たばこの煙には約4000種類の化学物質が含まれており、そのうち300~400の物質を分析した結果だけでも、ベンツピレン、芳香族アミン、ニトロソノルニコチン、ヒ素、カドニウム、メタノールなど、約60種類の発がん促進物質が含まれているといいます。
 体内に取り込まれたこれらの発がん促進物質は、細胞内のDNA(遺伝子)を傷つけ、細胞が分裂する際にコピーエラーを起こし、DNAの突然変異を起こすと考えられています。この遺伝子変異をきっかけにさまざまな要素が関係し合って、段階的にがん化していきます。

受動喫煙も大きな問題

 喫煙習慣のない人が、喫煙者のたばこの煙を吸い込む「受動喫煙」によって、健康被害を受けていることも問題です。夫が非喫煙者である場合に比べ、夫が喫煙者であると妻が肺がんになるリスクが約2倍になるという研究結果などもあり、受動喫煙で肺がんのリスクが高まることは確実とされています。また、閉経前の女性において、本人の喫煙、受動喫煙ともに、乳がんのリスクを上げていることも注目されています。

 海外では飲食店や職場を含む公共施設での全面禁煙を定める禁煙法の制定が何年も前から進められています。日本では、職場やレストランや喫茶店などで、禁煙と喫煙のスペースを分ける「分煙」は、徐々に進められていますが、まだ多くではありません。健康被害を防ぐには、喫煙コーナーや換気装置の設置では不十分で、全面禁煙のみが有効とされています。
 2010年2月に、厚生労働省は健康局長通知として「公共的な場所の原則全面禁煙」を求め、全国の自治体に発しました。ただ罰則規定がなく、具体的な対応は施設管理者側にゆだねられており、実質的に機能していないのが残念です。
 「神奈川県公共施設における受動喫煙防止条例」のように、自治体の条例で罰則規定を設けたケースもあります。受動喫煙対策が確実なものとなるには、国、自治体、社会、企業、個人などが一丸となって積極的に取り組む必要があるといえます。

肺がんだけでなく、多くのがん予防は、まず「禁煙!」から

 国際がん研究機関(IARC)の研究報告によると、禁煙することにより、「確実にリスクが下がるがん」として、口腔がん、食道がん、胃がん、肺がん、咽頭がん、膀胱がん、子宮頸がん、すい臓がん、腎細胞がんなどが、「リスクが下がると考えられるがん」として上咽頭がん、鼻腔がんが挙げられています。その他のがんについては、研究データが限られていて、現時点でははっきりわかっていません。肺がんに限らず、がん予防は、まず「禁煙!」からといえるでしょう。

 禁煙の効果をみると、子宮頸がんや咽頭がんでは、禁煙後急激にリスク低下が現れます。肺がんは、禁煙後5~9年でリスク低下が始まります。ちなみに、心筋梗塞などの循環器疾患のリスク低下は、禁煙してすぐ現れ、5~10年で非喫煙者のレベルに達するとされています。

 ただし、リスクが非喫煙者と同じレベルに達するまでには、喫煙関連がんのいずれも、20年以上かかります。ならば、いまさら禁煙してもしかたないと諦める人もいるかもしれませんが、そうではありません。禁煙すれば、がんリスクの上昇はその時点でストップし、発がんリスクは徐々に低下します。たとえがんにかかった場合でも、禁煙していることにより、喫煙者より治療効果が高いことが期待できます。

 もはや「禁煙」は、喫煙という個人的な生活習慣の改善にとどまらず、社会全体で推進していく課題となっています。

津金 昌一郎先生

監修者 津金 昌一郎 先生 国立がん研究センター 社会と健康研究センター長
1981年慶應義塾大学医学部卒、85年同大学大学院修了。86年より国立がんセンター研究所入所。臨床疫学研究部長などを経て、2003年に同センターがん予防・検診研究センター予防研究部長に就任。その間に米国ハーバード公衆衛生大学院客員研究員を務める。2010年に国立がんセンターの独立行政法人への移行に伴い、国立がん研究センター予防研究部長に就任。2013年から現職。1990年にスタートした国立がん研究センターがん研究開発費による研究班(2009年度までは、厚生労働省がん研究助成金による研究班)による大規模疫学研究である多目的コホート研究の主任研究者を務める。2010年朝日がん大賞、2014年高松宮妃癌研究基金学術賞などを受賞。一般向けの主な書著に『科学的根拠にもとづく最新がん予防法』『がんになる人ならない人』『ボリビアにおける日本人移住者の環境と健康』『なぜ、「がん」になるのか?その予防法教えます。』『食べものとがん~がんを遠ざける食生活~』などがある。昭和大学、山形大学客員教授、日本疫学会理事、日本癌学会評議員などを兼務。